ツマキチョウ |
の散るらん」という紀友則の歌がある。
満開の桜、まさに春爛漫である。ギフチョウに続いてツマキチ
ョウも舞い始めた。
奈良・斑鳩の春の田園風景はいかにも長閑やかで、この蝶が
ぴったりの感じがする。万葉人たちも桜やツマキチョウに春を
感じたに違いない。
しかし、不思議なことに万葉集の中に蝶を詠んだ和歌は一種
もない。
先日、国立博物館で行われていた興福寺の「阿修羅展」の中
に「草花双蝶八花鏡」が展示されていた。工芸では蝶の飾りが
あるのだが、奈良時代の文学には蝶はなぜか登場しないのだ。
源氏物語にも源氏が明石の上に贈った衣装に蝶がデザインさ
れていたという記述はあるが、蝶に触れたところはない。
奈良時代も平安時代も、蝶は文学の点景にはなっていないの
だ。紫式部も清少納言も貴人の館の庭の風情は克明に描いて
いるが、蝶にはまったく無関心だ。
ふわふわと妖精のように舞う蝶、動物の死体などに群れる蝶、
この時代の人々は蝶をなにか不気味な存在として捉えていた
ようである。
蝶が文学に登場するのはずっと後世になってからだ。